toggle

出世コースから外れてっ。

miscalculateが学部卒業後いた会社、miscalculateは入社後、いわゆる出世コースに乗っていたんだった。今回の人事を見ても、それは明らかだった。

だが、横須賀線の最終電車に乗る毎日に嫌気がさして、会社を辞めたのは、今では正解だと思っている。

ま、同期も含めて部長になれたと今頃聞かされても、あの頃の会社に戻りたくはない。

元いた会社で出世したってっ。

大昔、所属していた会社の人事のニュースリリースを観ていた。

当時の課長やら、先輩の名前が載っていた。

でも、そんな会社、いたくないと思って辞めたことは、間違いじゃないと思っている。

フロッピーディスクが高かったっ。

OASYSの専用フロッピーディスク、富士通サプライ(古っ。現:富士通コワーコ)から買うと、値段が高かったので、貧乏だった高校生のmiscalculateは、家電量販店の店先にあるOASYS Liteに、バルクの2DDのブルーのフロッピーディスクを挿してフォーマットして、使っていたことを思い出しました(笑)。

OASYS V10の古さっ。

研究室のメインの環境のPCや、親指シフトキーボードを搭載している富士通のノートPCに、OASYS V10をインストールして少し使ってみた。

違和感を感じたのは、カーソルがある場所で自由に入力できることと、文頭の文字カーソル?が、1文字目になくて、余白分の空白文字以降にあること。

カーソルがある場所での入力は、一太郎でも同じなので理解できるのだが、OASYSのWindows系のソフトの操作系を忘れているので、余白分の制御文字の後ろに入力カーソルがあることに、少し違和感を感じた。

で、富士通の中古の、親指シフトキーボードを搭載したノートPCのJapanistの設定を変更して、やっと親指シフトで入力出来るようにして、乃木坂46の『制服のマネキン』を打っていたが、注目文節の移動、Tabキーで打っているという記憶が、甦って来た。

でもこれって、Japanistの入力方法だったんじゃないかと、思う訳だ。

プレビュー画面なんてなかった(汗)。

OASYS専用機、当時は当然、WYSIWYG環境ではなかったので、画面で見ても想像しか出来ず、実際に熱転写プリンタから紙に印刷されるまで、どういう風に印刷されるのか、出たとこ勝負だった(笑)。

またmiscalculateは縦書きの画面ではなく、横書きの標準画面で入力していた。しかし、原稿用紙に印刷する際は、印刷の設定や入力した文章の句読点を気にしたことを覚えている。

OASYS LiteF2の思い出っ。

自宅にOASYS専用機が導入されたのは、OASYS Liteが発売されたからだった。

OASYS Lite、ディスプレイというか入力画面、1行単位!という少ない入力環境(画面!)だったことを覚えている。

その後、環境はLiteF2にリプレースされたが、やっと5行位が入力できる(表示できる)ようになり、やっと制御記号をバンバン使えるようになった。

制御記号って、今のPCユーザにすると、フォントサイズが自由に変更できるので、何の言葉か分からないだろうが、倍角(今でいうと横に伸びた扁平文字)や縦倍角(縦に伸びた文字)にする時、文字の横や上に書き加えた制御記号の文字である。

コマンドっぽいと思われるかもしれないが、当時は制御記号を入力して、フォントサイズを変更することが、当たり前だった。

LX系の頃になると、文字を12ポイントにするときは、12ポイントという入力で制御記号に変換して、その制御記号を文頭に記述しなければならないようになっていた。

今でいう約24ポイントの文字、OASYSでは横倍角と縦倍角を同時に使うテクニックを使うと、そのようになったことなんて、誰も知りませんよね(笑)。

懸案解決、その4っ。

検索エンジンで引っかかったので、OASYS生みの親、神田泰典さんのホームページをしばらく観ていた。

miscalculateにとっては懐かしいOASYS LiteF2や、OASYS専用機のカタログや文章が載っていた。

miscalculateは、父が富士通に勤めていたので、富士通の支店ではOASYS100系、自宅ではOASYS LiteF2やLX系やPoket2、そしてFM-OASYSで文章を入力していた。

今となっては、「地球か…何もかも皆懐かしい」(宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長の言葉)。

ただ今は、OASYS専用機のかな漢字変換よりも、IMEがどうこうより、キーボードが親指シフトで入力出来ればいいとなってしまったことに、悲しんでいる。

懸案解決、その3っ。

やまぶきRの環境で、Thumb Touchを打っていたが、何故半濁音の入力が、シフトキーを打ちながら入力できない理由が分かった。

これは、やまぶきRのキーボードの定義ファイルが、特殊なファイルになっていたからだった。

窓の杜でダウンロードしてインストールしたファイルの定義ファイルが、半濁音の入力が特殊だったことに、気づかなかったのが敗因だった。

OYAYUBI-FANにある、Thumb Touchの定義ファイルを使用すると、シフトキーを押しながら半濁音の入力が出来ることが分かった。

ただ、このファイル、Japanistの入力用って書いてあったが、ATOKで入力できているので、問題はないかと思っている。

懸案解決、その2っ。

懸案のThumb Touch、飲んでいたウーロン茶のシミがキーボードの端へ(涙)。急ぎ、濡れティッシュでそおっと拭いた後、キーボードカバーを取り付けました。

ただ、カバーをまだ両面テープで固定してません。研究室の環境に設置してから、貼り付けたいと思います。

で、久々の有給休暇中、締め切りがとうに過ぎたシラバスを絶対に書かず(キッパリと断言!)、代わりに締め切りが迫った、顧問をやっているバスケットボール部の書類を、親指シフト環境で書いていましたが、OASYS専用機の頃、約物の入力(変換)がどうなっていたか?ということで一悩み。今の環境、キーに書かれている「、」や「(」などの約物を入力すると、確定されてしまうもので(汗)。

あと、注目している(変換している)文節を、次文節に移動するときって、どうやっただろうということで一悩み。

OASYS専用機の時代よりも、今のWindowsのIME環境に慣れきっているので、注目文節の移動、右カーソルキーで移動する癖がついていますが、これってどうだったっけ?と。

OASYS専用機や、FMRやFM-TOWNSでのOAKやFM-OASYS、DOS/V時代のOAK/VやOAK/Win、そしてJapanistと歴代の富士通生粋の入力環境を経験してきたはずなのに、何故か思い出せないmiscaluculateです。

懸案解決っ。

18日、表参道にあるアクセスで、懸案であるThumb Touch「FKB7628-801」を購入した。

Thumb Touch用のキーボードカバーと、232用のキーボードカバーも買った。締めて約20K円也。

早速、熱海の実家で、ThinkPad X240につないで打ってみた。打ち心地は最近のキーボードにしてみれば、バネが強い感じだ。

ただ、ノーパソであるThinkPadのタッチに慣れていると、そんなに重く感じない。むしろ232のキータッチが軽すぎることのほうが問題だ。

IMEがMSのWindows 10なので、研究室の環境であるATOKとは違うことに、一瞬戸惑いを覚えたが、配列が親指シフトなので、そういう違和感からも解放された。

ただ、半濁音の入力に、若干戸惑いを覚えたが。

1 2 3 4 5 6 7